FIVE FLAVORS(ファイブ・フレーバーズ)
出版 東北大学クロースアップマジック同好会
初版 2017/08/24
定価 3,500円(B5版102ページ)
所詮学生と侮るなかれ。とにかく手強いです。読み応えあります。私が作品をレビューする時は、読んで理解することは当然として、できる限りその作品を一度は実演するようにしています。読む→理解する→練習する→実演するという流れになるわけですが、まず理解する段階で手古摺ったのが数作品、そこから練習するものの難易度の高さに阻まれ一応実演できるレベルまで達するのに更なる時間を要しました。私の頭の悪さと下手さを差し引いても、100ページ大体20作品程度の冊子に二週間以上も手古摺った記憶は近年ありません。それだけひとつひとつの作品が練り込まれて深味のある珠玉の作品集と言ってよいと思います。よくもまあ、これほどの才能がひとところに集まったものです。東北大学はマジック界のトキワ荘なのか?今後マジック界を担う逸材であることは疑いようもなく更なる期待が高まります。行け!手品戦隊ファイブ・フレーバーズ!(笑)
第1章 カード当て
The Distant Sandwich(Hiroshi Munakata)
観客が選んだ二枚のカードをいつの間にか表向きになっている二枚のジョーカーが挟んで当てるサンドイッチ現象です。
現象としてはあまり目立った印象はありませんが、まずジョーカー二枚と観客のカード二枚の四枚ともがデックの離れた位置に差し込まれるというのがこの作品の特徴です。これによって不思議さが強まっているのは確かですが、演者の仕事量がやや多めで少し忙しく感じられました。もちろん欲を言えばの話であって、プロット自体の難解さの割にはコンパクトにまとまっていると思います。まあ私が下手なだけで上手い人にとってはノープロブレムというのは置いといて(笑)しかし、利用している二つの原理の組み合わせ方は非常に上手く、特に一つ目の原理に必ず付き纏うある操作を自然な流れの中で観客の印象に残らないようにするアイデアは秀逸でとても参考になりました。それと手順や現象は異なりますが、原理の使い方はダーウィン・オーティス(Darwin Ortiz)の”HARD TARGET”が個人的に似ているなと思いました。
Spread Spectrum(beevalley8)
観客にデックをよくシャッフルしてもらいます。デックを半分ずつに分けて二人の観客に渡し、それぞれがカードを一枚ずつ選んで覚えてからデックに戻します。再びデックをよくシャッフルした後、観客の心の声を聴いて二枚のカードを当てます。
非常に不可能性の高いカード当てです。同種の原理は他にもあれど、この作品独自の原理が使われており、加えて真相に近付けさせない防御網が二重三重と張り巡らされているのでマニアでも追えないと思います。補足を読んで予想外の専門的技術が発想の元となっていることに大変驚きました。やはりマジックはあらゆるモノから創造することができるんですねぇ。面白い!
3 Outs(Outsourcing - Out of sight - Out of mind)(K.Miyamoto)
観客がデックをいくつかのパケットに分けます。一つのパケットを選び、その中のカードを一枚覚え、パケットを混ぜてデックに戻します。この間演者はデックにまったく触れず、その後一切の質問もなくカードを当ててみせます。
可能な限りカードに触れず、演技の途中で一切の質問もしないという難しい課題をユニークな解決法で達成しています。観客にスプレッドさせるのは一般人相手だと少し難しいかな?とは思いましたが、最後のアイデアは面白く参考になりました。それとパケットをいくつかに分けて操作するという面倒な作業を心理的に受け入れ易くする演出を考えてみたいですね。
The SEASON of REASON(S.Takeyama)
観客が選んだ一枚のカードをデックに戻し、あらかじめテーブルに置いておいた四枚のAにおまじないをかけると選ばれたカードと同じスートのAが表返ります。残りのAは選ばれたカードと同じ数字に変化し、最後は表返ったAが選ばれたカードそのものに変化します。
ホフジンザー・エース・プロブレムは現象達成に至るまでのクリアせねばならない問題の多さから手順が複雑且つ冗長になりがちなのですが、これは手順上の無駄がかなり削ぎ落とされたスマートな作品に仕上がっています。”Twisting The Aces”のように事前の説明をしながら密かに準備する手法は私も大好きですし、他にもノーセットで演技が始められる点、四枚のAがフェアに示せる点、エンドクリーンである点などなど好みの点が多く、ここでは触れられませんが更に難易度を下げるアイデアを二つ思いついたので今後演じさせていただく作品になると思います。他にもアプローチの違う三つのバージョンがあるそうで、そちらも気になるところです。
第2章 サカートリック
Sandwich Again(Hiroshi Munakata)
一回目のサンドイッチ現象が失敗して観客のカードとは別のカードが挟まれてしまいます。演者は失敗を取り繕うようにそのカードを観客が選んだカードに変化させてみせますが、もう一度挑戦すると言い、今度は極めてフェアにサンドイッチ現象を起こしてみせます。
第二段の手法が非常にユニークでサトルティが効いています。簡単なうえに錯覚が強力なので他にも沢山応用が利きそうです。これはとても参考になりました。
The Music of Inevitability(Hiroshi Munakata)
演者は「予言」と「予言の滑り止め」カードを用意しますが、どれも観客の選んだカードとは違います。事前に抜き出しておいたラッキーカードを見るとスペードのAで、抜き出した三枚のカードもすべてAに変化します。そして最後に何故予言が外れたのかが判明します。
似たテーマの作品ではラモン・リオボー(Ramon Rioboo)の”Time Traveler”を普段よく演じていますが、レパートリーを入れ替えたくなるほど面白いです。本来なら観客の(ひょっとしたら演者も)混乱を招くばかりで、効果半減と思われがちの多過ぎるカードもコメディ演出として自然に登場させられますし、手法の自由度も高いので難易度の調整がしやすく、何よりプロットが魅力的です。コメディ要素が入っているだけにセリフや間も含めてスムーズに演じるにはかなり練習を必要としますが、それだけの価値がある作品だと思います。
The Twin Peaks(S.Takeyama)
二人の観客にそれぞれ一枚ずつカードを選んでもらい、覚えたらデックに戻してもらいます。四枚のAにおまじないをかけると一人目の観客が選んだカードと同じマークのAがひっくり返り、デックの中の観客のカードもひっくり返っています。二人目も同じようにしますが最後にどんでん返しが待っています。
佐藤喜義氏の「ふたご座のホフジンザー」が原案。この原案の利点を活かしつつ、シンプル且つ負担の少ない実用的な手順に仕上げているところがお見事です。作者独自のリバース技法もユニークで面白いです。最初のAのコントロールはお好きな方法でとなっていましたが、持っている二枚の上に一人目のA、その上に二人目のAを返してもらい、三枚・二枚・一枚と順番にランをおこなえば自動的にセットされるので楽だと思います。
Sandswitch in the box(Junichi Asakura)
黒いK二枚の間に一枚のカードを挟みケースの中に入れておきます。観客に二枚のカードを選んでもらい、一枚目が赤いK二枚の間から現れます。二枚目のカードはケースの中の黒いKの間かと思いきや意外な結末が待っています。
デックケースを使ったトランスポジションはカードを出し入れする際に如何にモタつかないかがポイントになりますが、この作品はOne-handed Card To Boxという技法を用いることで難易度を低めに抑えつつ上手くクリアしていると思います。二枚のKでサンドイッチするというのも不可能性を高めていますし、ケースに対する工夫も非常に参考になりました。
Transpo locators(Junichi Asakura)動画あり
二枚のジョーカーは使わないのでケースにしまっておき、観客にデックから一枚のカードを選んでもらいます。デックを混ぜてヒントとなるカードを二枚見つけますが、それがジョーカーとなっておりケースの中には観客が選んだカードが入っています。
前述の技法One-handed Card To Boxを活用した作品です。技法の詳しい解説もここでされており、作者のこの技法に対する愛と言ってもよいほどの強いこだわりが伝わってきます。片手でおこなえるという特徴だけでなく、とても応用範囲の広い有効な技法だと思いますので、私も自分なりの活用法を探してみようと思います。
第3章 数への固執
The Working Order(S.Takeyama)動画あり
演者は封筒の中のカードと観客が思い浮かべたカードが近ければ近いほど今日のマジックがうまくいくと話しますが、封筒の中に入っているのはまったく違うカードです。しかし封筒には折り畳まれた紙も入っており、そこには「数字の枚数だけカードを配る」と書かれています。観客にデックをケースから出して持ってもらい、カードの数と同じ枚数だけ配ってもらうと、そこから観客が思い浮かべたカードが現れます。
大人気プロットACAAN(Any Card At Any Number)です。この作品の利点は観客に頭の中で選ばせるカードの自由度が高いことと、デックは最初から最後まで観客が操作できるというところです。演者視点では脳内処理の負担が極めて少ないことも利点の一つでしょう。また、ちょっとした工夫により封筒もかなりフェアに見せることが出来ます。あえて欠点を言うならベストパターンと比べてそれ以外のパターン(確率は1/2)のクライマックス効果がやや落ちるくらいでしょうか。とはいえ充分不思議だと思います。このあたりは演者の好みの話なんですが、個人的にはカード選択にもう少し制限を加えて、すべてベストパターンにしたいところ。同じ作品でも個人の好みに合わせて細かくチューニングできるのがこのプロットの一番の魅力なのかもしれません。
No.6(beevalley8)
観客に一枚カードを選んでもらい、その候補を十五枚抜き出してマス目状に並べます。その中から観客のカードを当てようとしますがなかなか当たりません。気が付くといつの間にか観客のカードがテーブル上に示されており、本当の観客のカードは意外な現れ方をします。
なんと言いますか、これまでの作品群が大作ばかりだったので少し息切れしかけていたところにホッと一息つけるようなオアシスを見つけた気分です(笑)あまり注目したことのなかったプロットですが良いマジックです。実演してみてあらためて理解したのは、こういったパッと見て分かりやすいシンプルなマジックの方が一般の観客にはウケが良かったりするんですよね。私は最後のオチは状況に応じてカード・アンダー・ザ・グラス的な感じで演じてます。
BCS theory(K.Miyamoto)
観客が表裏を混ぜ、配り直し、重ね直した状態のパケットの赤黒を演者が言い当てます。
む…難しい…。こういう理論に慣れていないので”The Working Order”の時も理解するのにちょっと苦労しましたが、これはもっと大変でした。久しぶりに数学の参考書を引っ張り出して読み直しましたが、こんなことでもなければ絶対勉強し直さなかったと思うので、この本に感謝です。慣れればあまり考える必要もなく直感的に操作できますが、私のようにそういった脳内変換に慣れていない人は多少の訓練を必要とします。あと野島伸幸さんがレビューに書かれていますが、手順二行目の「4枚の黒いカードを…」の「黒い」を抜いて読まないと迷路に迷い込みますので注意してください。
17(beevalley8)
デックを三つとかに分けまくります。すると、なんやかんやで最終的にすべてのカードが順番に並んで出現します。(原文まま)
近藤博氏の”インターナショナル・カードトリック”をシンプルにしたような作品です。この手のプロットはやはりフィニッシュが気持ち良いですね。不思議さはフォールスシャッフルとフォースの上手さにかかっていると言っても過言ではありませんが、後半で使われているパケットのフォースがとても便利なので、これを知るだけでも作品を覚える価値があると思います。セットは本当にバラバラに混ざっているように見えるので最初に堂々とデックの表を検められるのも利点です。そしてやっぱりこういう派手な作品はとにかくウケます。
Macro poker(Junichi Asakura)
観客も一緒に混ぜたデックを使ってポーカー勝負を三回おこないますが、すべて演者が勝つだけでなく手役がすべて予言されています。
え?うそ…なんでこうなるの?原理の説明を読んでもよく分かりませんでしたが、作者の頭が良いことだけは分かりました(笑)観客に混ぜさせるところが、かなり時間がかかって間延びしてしまうので、演者がカード二枚を持って「ゴー」「チェンジ」と観客に選択させた方がまだスピーディーかな?と思いました。それにしても不思議な原理です。まだまだ応用できそうですね。しかもファローの移動規則やデック内のカードの並びなどを瞬時に計算して確認することができるマクロを内蔵したエクセルファイルをダウンロードして自由に使えるように公開してくれているという大盤振る舞い!使いこなせる自信はちょっと無いのですがカードの移動が瞬時に表示されるのは見て遊んでいるだけでも楽しいです♪このファイルでまた新しい原理やスタックが産まれたら素晴らしいことだと思います。
第4章 アラカルト
Cheap O & W(Hiroshi Munakata)動画あり
赤二枚、黒二枚の四枚でおこなうオイルアンドウォーターです。
現象として色の分離はもちろんですが、重ね合わせた四枚のカードが物理的に擦り抜けるように見えるところがこの作品の特徴でしょう。解説通りに操作すると自分でもアレッ?と思うような錯覚が起こります。ただとても小さく静かな現象なので、観客にしっかり明確に示さないと「気づかない内に上手くカードを抜いて誤魔化したんだろう。」と思われかねません。そして枚数が少ないので論理的に頭の中でカードの状態を正しく構成できる人にはあまり不思議に見えないかもしれません。(実際私も二段目はあまり不思議に見えませんでした。)補足でも現象の効き目が人によって異なると書いてあったので、ピアノトリック的な危うさを抱えた…しかし、だからこそ面白い魅力的なプロットだと思います。
4A(beevalley8)
デックを四つのパケットに分け、それぞれのトップにAを置きますが1か所に集まります。
スライトを駆使した、見た目がとてもシンプルなエースアセンブリーです。あっという間にAが集まり、あっという間に終わります(笑)しかし私はこの手のプロットはどうしても厚みが気になってしまいますね…。
Theme: QQ(Hiroshi Munakata)
カードアセンブリの名作であるダイ・バーノン(Dai Vernon)の”The Queen's Soiree”(クイーンの夜会)の演技後や途中から演じることができるオプション的な位置づけのリバースアセンブリ作品です。カードアセンブリの場合は同種のコインを用いるアセンブリと違い、面の広さによる隠し難さ、位置や表裏の制限などが加わるので手順構成が比較的複雑になりがちだと思うのですが、パターンA・Bともに難易度は高めなものの原案で使われるカバーを上手く利用してかなりスマートに解決しています。
The Queen's Quarrel(クイーンの仲違い):パターンA
”クイーンの夜会”を演じ終わった後に続けて二段目として演じるパターンです。今度は順番ではなく一度に集めてみせると言い、三枚をマットの下に差し入れます。カバーを取ってみるとカードは集まっておらず、いつの間にか四枚のカードは元通りの位置に戻っています。
The Queen's Quarrel:パターンB
”クイーンの夜会”の途中(三枚が集まるところ)まで演じてから当然四枚目も集まるだろうと思わせておいてリバース現象が起きます。
The Bolt from the Blue(S.Takeyama)
四枚のAをテーブルに置き、四枚のJをデック内に表向きでバラバラに差し込みますが、一瞬でAとJが入れ替わってしまいます。
一瞬で四枚同時に入れ替わる瞬間はとても鮮やかです。ノーセットからシンプル且つ大胆な手法で一気に派手な現象を引き起こすのでとてもインパクトがあります。しかし小心者の私がどうしても気になるのは、やはり厚み…(笑)ここを上手く演じられれば非常に強力なレパートリーになると思います。
The Triumphant Poker(Hiroshi Munakata)
二十枚のカードでおこなうポーカーデモンストレーションです。観客が好きなようにカードを表裏ぐちゃぐちゃに混ぜ、観客自身の手札だけでなく演者の手札まで自由に選択したにも関わらず演者が勝ち、しかもその手役まで予言されています。
これはスゴイです。元ネタとなる作品を知っていたにも関わらず、原理の組み合わせなど巧妙な工夫によって印象が大きく変わっていたので解説の途中までまったく気付けませんでした。その気になれば演者は最初から最後までカードに一切触れずに現象を起こすことができるので、これは観客にとって頭をガツンと殴られたほどの衝撃です。実際自分でカードを自由に操作してみてガツンとやられました(これがセルフワーキングの長所だと思います)ので皆さんも是非体感してみてください。ただ私の演技環境ではこの手のギャンブリング・デモンストレーションで観客と勝負して勝つという演技スタイルはあまり好ましくないので(せっかく観客が勝てば賞品という演出もあることですし)観客を勝たせた上で賞品として予言(不思議な現象)を見せるという演じ方になると思います。